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平成28年度けやき祭り
2016-11-10
平成28年度 けやき祭り 
 
実行委員長 菅野翔子
 
平成28年10月29日(土) 第28回けやきまつりでした。
今年も祭り実行委員を筆頭に、夏前から話し合いが始まり、どんな企画にしようか…どんな屋台を出そうか…たくさんの案を出し合いながら、この日のために準備してまいりました。
前日まで天候が心配でしたが、朝起きてみると綺麗な青空!!!
日差しは暑いくらいに感じ、心地よい秋晴れのもと開催することができました。
今年のカラーテーマはハロウィン!オレンジカラーで温かい雰囲気の中、スタートです!
オープニングイベントには、東京国際大学チアリーディング部のみなさんにお越しいただきました。
迫力のある演技に、会場内は大盛り上がり!!!
ピラミッドやジャンプ、目を引く華麗な演技で手拍子や歓声があがりました。チア部のみなさんがかけ声に『けやき』といれてくださっていて、とても嬉しかったですね。
余韻を残しつつ、続いて利用者参加のステージ。こちらは、けやきの郷テーマ曲“やったね”をはじめ、はしいさんの曲にあわせながら利用者・職員みんなで思い思いに身体を動かそう!というステージです。
“やったね”はみんな大好き!ノリノリでしたね~(^^♪
午後になると、今年度入職した職員3人の自己紹介も兼ねたステージがあり・・・
なんと、揃ってスーツでの登場…。どんな内容なのかと思ったら…今流行りの、パーフェクトヒューマンを披露!明るく元気な3人らしく、会場を盛り上げてくれました!
まだまだイベントは続きます。今度は外のステージで、大道芸です!中国ゴマをやってらっしゃる木坂様にお越しいただき、こちらも迫力のある演技!初めて目にする人も多く、みなさん夢中で見入っていました。
その後は抽選会も行いました!恒例となっています♪景品提供してくださった方々、ありがとうございました。
最後のイベントは、職員によるソーラン節です!!けやき祭りには欠かせません!
今年は16名!勤務の都合上、全員そろっての練習は前日が初めてだったとのこと…。そんなことを感じさせない一体感のある演技で、盛り上がりは最高潮でした^^アンコールがかかり、利用者も加わってのフィナーレとなりました。
飲食ブースも、休むことなく盛り上がり続けていました。ちゃちゃこ自慢のカレーやベーカリーのパン、わたあめ作り体験等々どれも大人気でした♬
どこを向いても笑顔があり、利用者をはじめ参加されたみなさんのたくさんの笑顔であふれるお祭りになりました。
今回、日高栗の今井様、やきとり大ちゃん様、(株)宮坂米菓様には出店協力していただきました。ありがとうございました。
地域のみなさま、保護者のみなさまのご協力があり、大成功なお祭りでした。
ご参加、ご協力いただいたみなさまに御礼申し上げます。ありがとうございました。
来年はどんなお祭りになるか、今からワクワクしちゃいますね・・・☆
 
 
川口さん、紀伊さん、結婚おめでとう
2016-10-20
利用者、職員に祝福されて
川口さん、記伊さん、結婚おめでとう
  ―タイ式結婚式は、すごかった!
 
 
やまびこ製作所の職員の川口雅巳さんと、初雁の家の記伊 恵さんの結婚を祝う会が、10月6日、やまびこ製作所で開かれました。いままでも、職場結婚は何組か生まれましたが、先輩たちと同じように、2人とも、ますます、けやきで頑張るとのこと。嬉しいかぎりです。
ところで、このお祝いの会、写真でみるように、何とタイ式結婚!どうして?それは、新郎の職場で働いている職員の1人、タイ出身のスパタラーさんのアイディアによるものでした。スパタラーさんは、日本の方と結婚して、いまは、川越市に住んでいますが、才色兼備、エネルギーの塊で、埼玉県の「親善大使」でもあります。
当日、やまびこの利用者、職員、私、初雁の家の上司、総勢40名が見守る中、新郎は、タイの国王よろしく、豪華絢爛たる刺繍入りの帯を肩からかけ、新婦は、袖の膨らんだレースのブラウスに、ふわふわのスカート。「すごーい」「きれーい」の声と万雷の拍手の中、これもスパタラーさんがタイ式に飾りつけた祝宴のテーブルに着席。
ここから、タイの結婚式がはじまりました。まず、私からのお祝いの言葉につづき、利用者・職員の祝辞。つづいて、ランの鎖の花輪を、新郎・新婦の頭に乗せるのです。これは、花輪で結ばれた2人なんだよ、この絆は永遠なんだよ、という意味だそうな。そして、花輪で結ばれた新郎・新婦の手に、出席者が1人ずつお茶碗でお水をかけます。テーブルの前のパネルには、みんな思い思いのお祝いの言葉を書きました。中には、「お仕事がんばります」と書いた人もいましたね。字のかけない人は、○を描いたり・・・。
式が終わると、いや、式の最中から、これも、スパタラーさん手作りのタイカレー。これが、おいしいんです!緑いろで、辛いんだけどあまい!カービングサラダ。それから、やまびこ職員手作りの焼きそば、焼き肉、フルーツも山盛り。出ること出ること。
宴もたけなわとなると、これも、やまびこ恒例のカラオケ・踊りと、いつもの作業場が、まばゆいばかりの宴会場と化しました。
最後は、ウエディングケーキで締め。大きな大きなケーキを、新郎新婦が切り分け、みんな、とりわけ利用者が大満足で、2人の船出を祝いました。
感じたのは、「働くことを療育の中心に」「集団自立―障害の重い人も軽度の人も、集団で自立していこう」の理念のもと、お互いに支え合い、助け合って、いまや、仕事を、自分の存在を誇りとする人間として生きていっている、そのエネルギーのすごさです。1人のエネルギーが、全員のエネルギーとなって膨らんでいく、そのすごさです。
雅巳さん、恵さん、
あなたたちは、そのエネルギーの起爆者の1人です。
いつまでも、お幸せに!                        (理事長 阿部叔子)
 
 
けやきの郷からの緊急メッセージ
2016-08-24
けやきの郷からの緊急メッセージ
ー津久井やまゆり園―
 
理事長 阿部叔子
 
平成28年7月26日未明、津久井やまゆり園で、口にすることさえ恐ろしい事件が起きました。お亡くなりになられた方々に心からご冥福をお祈りすると同時に、ご家族のみなさまにお悔やみ申し上げます。また怪我をされた方々の1日も早いご回復をお祈り申し上げます。利用者さん、職員の皆様も、どれほど心が痛み傷ついていることでしょう。私たちは痛みを共有し、私たち1人ひとりが問われている事件と認識し、以下のメッセージを発信するものです。
自閉症のある人が利用者の大半であるけやきの郷では、事件の報道を受けて、直ちに、別項のように、職員、保護者の方がたに、私からの緊急メッセージを、また、利用者に対しては、育成会からのメッセージをお伝えしました。
と同時に、早急に施設長会議を開き、けやきの郷全体として、ハード面、ソフト面での問題点の洗い直しと、これからけやきの郷として向かうべき方向の再確認をしました。
安全面に関しては、現在、地域の警察のパトロールカーが巡回してくれており、また、警備会社の安全対策も導入しておりますが、もう一度、各施設とも再点検を行い、必要な対策を講じることとしました。また、近いうちに、警察の出張講座をお願いし、実際の防犯訓練を職員とともに行い、プロから見ての防犯対策のアドバイスをしてもらうことにしました。とともに、「地域の中で共に生きる」ことをめざしたけやきの郷の理念こそ、これから、更に進むべき目標であることも再確認しました。
でも、なぜ、こんなことが起きたのでしょう。保護者あてのメッセージにも書きましたが、何も抵抗できない障害のある人の命を奪うことは、単に、生命体としての命を奪うのみならず、人間の尊厳・生きる権利を奪った2重の殺人です。1940年からはじまった、ナチの障害者20万人殺人と同じです。
実は、私たちも、差別という意味では、同じ経験をしました。
けやきの郷は、義務教育を終わっても、どこへも行き場のなかった重い知的障害をもつ自閉症の親21名が発起人となって1985年に設立した、自閉症成人の専門施設ですが、設立途中で、地域住民の反対運動にあいました。
反対した人たちは、わが子たちを、「キケンだ」ときめつけ、わが子たちは「犬」にもたとえられました。私たちは、反対した人は、障害者と触れあった機会がなかったからだ、知って分かってもらうためには、地域に出て、わが子たちは、同じ人間であること、逆に「生きる力」を与える人たちなのだということを分かってもらおうと、施設設立後に、地域に作業場をみつけて仕事をしていきました。その結果は見事に実っています。「キケン」と言われたわが子たちは、いま、誇りに満ち、生きる力を、見学の方々に、業者の方々に、地域の方々に与えています。
朝日新聞のコラム「天声人語」の中でも、かつて「やまゆり園」の職員だった方は、「指導しながら、むしろ入所者とのふれあいから学ぶ日々だった。黙々と作業を続ける彼らから、できばえや手際で入所者に優劣をつけようとする自分を恥じた。健常者である自分の内にある差別を恥じた」と語っています。
でも、そういったところで、この殺害者には分からなかった。この人には通じなかった。
それは、何故でしょうか? 
いま、世界の多くの場所でテロが起き、ヘイトスピーチがまかりとおっています。
1939年10月に、ヒットラーが、障害者の殺害を許可し、医師の協力のもと、20万人の障害者がガス室へ送られましたが、去年、ドイツ精神医学精神療法神経学会が、正式に謝罪したのを機に、NHKが3回にわたって放送、大きな反響を呼びました。
日本障害者協議会代表の藤井克徳氏は、ご自身、上記のNHKの番組で、実際に当時のガス室を取材したことも踏まえ、現在に至るまでの、日本の障害者対策にも由来する政策の貧しさを挙げています。
けやきの郷設立時の反対運動は、1981年の「国際障害者年」でした。権利条約、虐待防止法、差別解消法・・・、法律は、次々と出来てはいますが、このような事件は、起きているのです。
障害者福祉に携わる職員は、本当に苦労しています。藤井代表も言っているように、「待遇は貧しく労働条件は厳しい」。
けやきの郷は、前述したように、設立以来、地域の方々のご理解を得るためにと、積極的に地域に出ていきました。そして、「障害が重い人も軽度の人も、支え合って共に自立していこう。心から理解する職員とともに・・・」という「集団自立」の理念をかかげ、31年来、理念に基づいた運営をしてきています。このヘイトスピーチ、テロリズムの時代にあっても、この理念は曲げることはありません。逆に、この理念こそ、「差別と戦う武器」であると確信しています。それは、利用者の人たちが、理念の中で、生き生きと、文字通り「誇り」をもって働き、生きている姿を私たちにみせているからです。多くの見学者、出入りの業者の方々に、「力を、元気をもらった」と言ってもらっているからです。
「集団自立」は、まさに、「共生社会そのものだ」と、研修に来られた中国の親の会の方々も共感しています。障害者イコール差別、障害者イコール隔離をなくしていくためには、けやきの郷は、理念の徹底をこれからも図っていきます。働く場、生産活動、交流の場を一つでも多く地域に作り、道路清掃、草むしりなど、地域の維持活動も積極的に増やしていきます。
そして、「待遇は貧しく、労働条件は厳しい」実情を変えていくー職員は、誇りをもって利用者・当事者とともに生きています。重度障害者の父と言われた糸賀先生は、「この子たちを世の光に」といいました。世の光にするために、このような福祉の現状を変えていくのは、わたしたち、あなたたち、国民1人ひとりに突きつけられた問題ではないでしょうか。
障害者の尊厳と、障害のない人たちの尊厳はイコールです。障害者の尊厳が守られないところでは、障害のない人の尊厳が守られるわけはありません。尊厳を守りために、社会の皆様とともに、共生社会をめざして、この歩みをつづけていこうと思います。
 
 

 
 
私がけやきの郷でインターンシップをすることになった理由
2016-07-04
 7月より、嶋田夏怜さんが、けやきの郷で、インターンシップを行うことになりました。留学したUCLAでレポート作成のため、「Japan  autism employment」で検索した結果、見つけたのが「けやきの郷」とのこと。けやきの郷が、また一つ、架け橋になったかと思うと嬉しい限りです。以下、夏怜さんの「思い」をご覧ください。
          

私がけやきの郷でインターンシップをすることになった理由
              
                                      嶋田夏怜
 
 「日本での自閉症の大人たちを取り巻く環境、特に労働と成年後見人制度についてとアメリカのそれとの比較から見える、国際社会の知的、発達障害者と共生できる社会を作る上で果たす役割について。」
これをUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で留学中履修したDisability Studies (障害者学) の最後のプロジェクトとして選んだのが、けやきの郷を知り、この場所でインターンシップをさせていただくことになったきっかけでした。
義務教育は元より、総合大学にて障害者の権利や彼らが直面する問題について学ぶ機会というものは非常に限られていると感じます。私自身は、幸いにも通う小学校には特別学級があり、けやきの郷の前理事でいらっしゃった森晶子さんが教鞭をとられた女子学院に通っていた際には、夏休みの課題として埼玉県内にある小さな福祉事業所でボランティアをさせていただく機会があったのにも限らず、お恥ずかしいことに、大学で福祉もしくは障害者についての授業を学ぼうとは留学をするまで考えたことはありませんでした。
実は、UCLAでも社会学部に所属しており、障害者学の授業を履修することは完全に計画外でした。そもそも全米屈指の総合大学である母校が、障害者学という副専攻を学部としてもっていると知ったのは、何を隠そう同大学で迎えた最後の学期が始まる直前のことだったのです。同学部に所属し、障害者学を副専攻している先天性の障害を持つ友人から、UCLAは全米屈指の障害者研究が進んでいる大学であり、日本の学生が目を向けることの少ない大切なことを学ぶことができると勧められ、興味本位で履修に組み入れたのがPerspectives on Autism and Neurodiversity (自閉症と神経多様性の捉え方)という授業でした。
ロサンゼルスの自閉症コミュニティであるAutism Society of Los Angelesの対政府関係のリーダーを務めるJudy Mark教授が教えるこの授業では、作業療法士、神経科医、Regional Center (総括局)の代表、そしてもちろん自閉症、アスペルガーを持つ本人など20人ほどのゲストスピーカーの講演を通して、アメリカにおける療法、養育、恋愛、雇用、成年後見など幅広い視点から自閉症について学びました。特に、授業内の課題の一貫で行った日本人とユダヤ人のハーフである自閉症を持つ女性とその日本人のお母様へのインタビューが、私に日本国内の自閉症に目を向けさせてくれました。授業外でも交流を深め、その女性の初めての友達になることが出来た私は、彼女の純粋さ、優しさ、そしてそれが故のもろさに触れるにつれて、この子が生きやすい世の中を作りたいと強く思うようになったのです。そのためには現在日本に住む自閉症の大人たちが抱える問題について調べることが大事であると思い、先ほど述べたテーマを自身の最後のプロジェクトとして掲げ、彼らの自立支援を行う団体、もしくは仕組みについて情報収集を行いました。そこで目についたのが「集団自立」を理念に持つけやきの郷を取り上げたJAPAN TIMESの記事だったのです。
事業所、施設をsheltered workplace (閉鎖された職場)と呼び、人権侵害が起こり得るとして敬遠される傾向にありますが、けやきの郷では「働くこと」を念頭においた集団生活の場が提供されており、その取り組みは中国を始めとする外国からも視察がくるほどであるとの記事を読み、日本がそして世界が課題としている自閉症の大人たちの自立を考える上では、このコミュニティの門を叩くことが必要不可欠ではないかと考え、帰国後すぐ連絡を取ったところ、すぐ見学に来てくださいとの温かい返事を理事長である阿部さんから頂き、実際に見学に伺わせて頂くに至りました。初めての見学で私が目にしたもの、それは私がJAPAN TIMESで読んだもの以上でした。コミュニケーションが苦手のはずの自閉症の方たちは、文字通り助け合って楽しそうに仕事をしていました。ここでこの人達から沢山のことを学びたい、この人達が何を必要としているか、一番近く、現場で学びたい、そう思い、この七月からインターンシップをさせて頂くことになりました。各作業場を周り、実際に生活を共にするこれからの三か月、これから自分に何が出来るのかを考えつつ、ワクワクしながら楽しみたいと思います。
 
 
「やまびこ製作所」のクリーン活動報告
2016-06-02
「やまびこ製作所」のクリーン活動報告
―地域の道をきれいにー
 
 
 けやきの郷の就労継続支援A型事業所「やまびこ製作所」では、毎年、地域の通勤路・帰宅時の通路を中心に、クリーン活動を行っています。就労継続支援A型事業所とは従業員(利用者)と雇用契約を結び、最低賃金を支払うことが条件づけられている事業所のことで、新制度に移行する前には福祉工場と位置づけられていました。けやきの郷では、平成7年から、やまびこ製作所を福祉工場とし、日本でただひとつの自閉症だけの福祉工場として頑張ってきました。
 利用者の中には、毎日自宅から通勤している方もいます。また、グループホームを利用し、週末、帰宅している方もいます。この方たちが毎日通っている通勤路を、地域の方々は、それとなく見守っていてくださるのですね。「今日は、走っていったよ」とか、「あの人は、いつも同じ電柱を必ずぐるっと廻っていくよ」とか、利用者のエピソードも届きます。
 この道路は、いまでこそ人家がいくらか多くなりましたが、最近までは、農家がポツポツと点在し、畑に囲まれた道路には草がおい茂り、茂みに空き缶などがポイ捨てられていることもあるので、「やまびこ」では、地域で何かお役に立てないかと考え、数年前から、毎年1回ですが、道路のゴミ・空き缶拾い、雑草刈りなどを行ってきました。
そして、このクリーン活動には、もう一つ、隠れたエピソードがあります。
それは、やまびこの利用者の1人Hさんからヒントを得たということです。
Hさんは、空き缶集めが大の得意で、週末、帰宅すると、土曜日には、自転車に乗って、近所の道ばたに捨てられている空き缶を拾い集めているのです。空き缶集めーすなわち、クリーン活動!? 最初は、空き缶に凝って集めていたHさんの行動は、いまや、立派なクリーン活動にまで成長している・・・ご家族から、このエピソードを聞いた「やまびこ」の職員は、「なるほど。Hさんのクリーン活動を、やまびこでもやろうじゃないか」・・・と盛り上がったのでした。 
ご近所の方にも感謝され、Hさんの満足感にもつながる・・・・この活動の日は、通常作業のない土曜日に行い、活動後は、お楽しみの「昼食・レク」なので、Hさん以外の利用者の方も張り切って参加しています。
今年のクリーン活動は、5月21日(土)に行いました。やまびこ製作所から、グループに分かれて出発をしました。場所はバス停(東洋クオリティワン入口)~グループホーム~やまびこ製作所までの間を重点的に、9:00~10:30まで行いました。
長い道のりでしたが、いつもの年にくらべてそれほど多くのゴミはなく、きれいな環境が保たれている印象を受けました。しかし多くの自然の中にあるだけあって、日に日に高く濃くなる雑草と、鎌を手に格闘してくれるチームもありました。そのお陰で視界が良くなり、より安全に、利用者の方々が通勤出来そうです。どのチームも、夏のように暑い日差しの中、額に汗して頑張ってくれました。本当にお疲れ様でした。
クリーン活動後、お昼まで時間がありましたので、休憩後に11:30まで、やまびこで作業を行いました。普通なら疲れてやりたくない気持ちも出てしまうかもしれませんが、皆さんはさすが立派です。疲れも見せずに作業に向かう姿は、私も見習わなければと思いました。
お昼はお楽しみの「こだわりとんかつかつ敏」へ。ここではボリュームたっぷりのとんかつ・メンチカツ・エビフライのセットと、ジュースを頂きました。ご飯・汁物・キャベツはお代わり自由で、皆さん心ゆくまで召し上がっていました。
昼食後、ドライブをしながら、「平成の森公園」にある、バラのトンネルを見に行ってきました。バラはこの時期が満開なようです。ここは「日本一長いバラのトンネル」だそうで、土曜ということもあり、多くの方が来ていました。色とりどりのバラのトンネルは本当に美しくて、バラの香りに心を癒されたのではないかと思います。
クリーン活動と作業、皆さん本当にお疲れ様でした。Hさんも満足だった?
美味しい昼食と公園の散策で、少しリフレッシュができたでしょうか?日曜日に疲れを癒して、また月曜日に元気な顔で出勤してきて下さいね。
 
 
やまびこ製作所
上田 裕子
 
 
“福祉の人” 秋山ちえ子先生のこと ― 謹んでご冥福をお祈りいたします ―
2016-04-25
秋山ちえ子先生が、お亡くなりになりました。99歳でした。
先生のことは、テレビ・新聞等でも報じられていますが、先生が、「障害者福祉」でも、大きな貢献をなさっていることは、ほとんど触れられていません。
私が、常日頃、敬愛し愛読している「VOX DEI,VOX POPULI(天声人語)」でも触れていないので、私の知る限りでのことですが、秋山ちえ子先生と福祉の関わりを知っていただかなくてはと思い、先生との思い出を書こうと思います。
私が先生と初めて知り合ったのは、実は、私が、TBSで、ラジオ番組制作のディレクターをしていたときです。先生は、「秋山ちえ子の談話室」の前身の「昼の話題」でご活躍でした。その番組の担当が同期のNさんでした。Nさんとご一緒に、先生のご自宅にお邪魔した時のこと。お昼をご馳走になったのですが、ちらし寿司のお弁当とサラダでした。サラダ菜とキュウリにドレッシングがかけてあるだけのシンプルなサラダだったのですが、そのおいしかったこと!どちらも、ご自宅の庭で栽培した朝採りのものだったのですね。この絶妙な組み合わせのサラダを、私は、いまでもす大好きです。
ところで、当時、秋山先生は、茅誠司先生(元東大学長)、井深大ソニー創業者とともに、「福祉3羽カラス」と呼ばれていたのを、ご存じでしょうか。
秋山先生はジャーナリストとして、茅先生は学者・知識人として、井深会長は財界人として、3人ご一緒に障害者施設への援助や講演等、障害をもった人たちに対する支援や啓発をなさっていました。その一つ、大分県の社会福祉法人「太陽の家」の「応援団」として、障害者を就労につなげていったご功績は知る人は知る!以後、「障害者福祉・障害者の就労」という言葉が社会的に認知されていったように思います。
秋山先生には、けやきの郷設立にも、大きなお力をいただきました。
私の1人息子が自閉症と診断され、それをきっかけに私はTBSを辞め、自閉症児者親の会・日本自閉症協会で広報等を担当、その中で、学校設立運動、けやきの郷設立に関わってきましたが、けやきの郷の設立の中で地域から反対運動にあいました。
この反対運動は、マスコミからも「障害者の人権問題」として報道されましたが、けやきの郷の初代理事長であった茅先生のお仲間である秋山先生は、H村まで出向いて、永六輔氏らとともに、福祉について、障害者について、地域の人たちに諄々とお話しくださったのでした。設立資金のためのチャリティ公演にもお力をいただき、設立後も、財力のない私たち法人に対して、さまざまな方々に繋げてくださいました。「秋山ちえ子の談話室」やご著書でも、「けやきの郷」を取り上げ、勇気づけ、元気づけてくださいました。
私ごとになりますが、私の初めての児童書「歌は忘れない」を、金の星社にご紹介くださったのも先生です。これは、自閉症の子どもが、その特異な能力で犯人をつきとめるという「探偵物語」ですが、2作目の「謎の鳥屋敷」が、日本児童文芸家協会新人賞を受賞したときには、先生が受賞パーティにかけつけ、「談話室」でも取り上げて下さったことは、いまも感激です。
最後にお目にかかったのは何年前でしょうか。「談話室」の録音最終日で、その日、私はTBSのスタジオにかけつけ、花束をお渡ししたのを覚えています。11年前には、「けやきの郷」が設立20年を迎え、記念誌に先生のお原稿をいただきたく、お電話でお願いし快諾していただいたのが、先生と直接お話した最後だったでしょうか。
先生は、お祝辞の中で、「私の芯の第一は、もめごと特に国際間の争い事の解決に戦争というものを使ってはいけないということ・・・・もう一つの芯は置き去りにされる人がいない社会を作ることだった」として、私たちの名前を挙げてくださっています。
そして、「88歳の私の今年の希いの一つに、もう一度”けやきの郷“に行ってみたいがある。その時は自閉症児・者のためにつくされた皆様におあいして心からお礼を申し上げたい。”けやきの郷“20周年・・・本当に、本当に、よくおやりになりました。『お見事!ありがとうございました』と。」とあります。
 
先生
けやきの郷も、あれから11年、去年、30周年の祝賀式を行いました。
先生のお言葉にきちんと応えることが出来るように、「お見事!」といわれるように、私たちは、自閉症の人たちのために頑張っていきます。
 
 
春は、別れと新しいスタートの風が――「けやきは一つ!」
2016-04-06
春は、別れと新しいスタートの風が
――「けやきは一つ!」
 
 
3月は、Wind inMarch です。「別れの風」と「スタートの風」が吹きます。
けやきに吹いた風2つをご紹介しますね。
 
1,「ほっとはーと わくわくおいしいコンサート」最終回

「ほっとはーと」は、43年にわたって音楽活動を行ってきた橋井晴彦さんをリーダーとして、15年前、音楽を真ん中に、障害の有無を問わず、みんなで一緒に楽しい時を過ごすことをめざして誕生した音楽グループです。橋井さんの「晴れたらいいね」は、東日本大震災の後、福島県相馬市の子どもさん・ご家族のために、厚生労働省児童健全育成推進財団の職員の方などとともに行なったコンサートのために作られた曲なので、ご存じの方もあるかもしれませんね。
橋井さんとけやきの郷との出会いは、平成9年の12月、支援施設「初雁の家」での月1回の音楽療法をはじめたのがきっかけでした。13年に「ほっとはーと」が誕生。14年3月に、「わくわくおいしいコンサート」を川越市の西文化会館で開催したのが第1回目でした。
けやきの郷の利用者は、音楽が好きな方が多く、「ほっとはーと」の皆さんの音楽が流れると、自然に体を揺らしたり、動かしたり、歌ったり、口ずさんだり、と、豊かな心の表情を見せてくれます。「けやき祭り」でも出演していただき、利用者は、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。「わくわくおいしいコンサート」では、利用者の皆さんも舞台に上がり、コンサートの共演もさせていただいています。
そのコンサートが、今回で終わり!本当に残念ですが、最終回ということで、けやきの郷の利用者をはじめ、橋井さんとご縁のある仲間たちが集まり、歌い、踊り、会場は、拍手と汗と笑顔と涙に包まれました。
「ほっとはーと」の皆さんとのつながり、それは、音であり、笑顔であり、心であり、と、思いを寄せています。
橋井さんは、けやきの郷のテーマソング「やったね」も作ってくださいました。
「やったね」は、けやきの郷でのイベントでは、必ず歌われ、けやきの利用者を職員を支えています。
橋井さん、「ほっとはーと」の皆様、長い間、けやきの郷を支えてくださり、ありがとうございました。「ほっとはーと」は、私たちの心をあたため、成長させてくださいました。
これからも「やったね」は、私たちを勇気づけ、つないでくれます!
(ワークセンターけやき 水野努)
 
 
2,2つ目の「風」は「やまびこ製作所と初雁の家の作業連結発足式」

4月1日、パレット(木製荷台)が山積みになっている「やまびこ製作所」の前で、「初雁の家の作業連結発足式」が行われました。発足式では、やまびこの利用者26名と、初雁の家の利用者8名とが挨拶と握手をし、これから、ともに、一つになって作業をやっていこう! おー! と励ましあいました。
けやきの郷には、現在、利用者を支援する事業所として、4つの事業所があります。①入所施設「初雁の家」② 働く場として、A型事業所の「やまびこ製作所」③多機能型施設(通所)「ワークセンターけやき」④地域で暮らす場としてのグループホーム、――それぞれ、利用者のニーズに合わせ、作ってきたものです。 その他、県から委託を受けた発達障害者支援センターと、利用計画を作成する指定特定計画相談室があります。
31年前、最初に開所したのが、入所施設「初雁の家」でした。現在の定員は40名ですが、当時は50名。そのうち、33名がグループホームに移行し、日中は「やまびこ製作所」と「ワークセンターけやき」で働いています。
「初雁の家」には、「製パン班」「ソーラー班―模型のNゲージの列車の組み立て」「解体班―手帳の解体」「工房班―紙すき」「こまつな班―空き缶つぶし」と、5つの班があり、それぞれ、長い誇るべき歴史があります。
製パン班のパンは、有機栽培の小麦粉を使い、添加物は一切ありません。だから、安全でおいしいと評判です。Nゲージの列車模型も台車の一部を作っているのですが、実に細かい作業です。細部にこだわる彼らだからこそ見事に出来るんだと見とれてしまいます。空き缶つぶし班でも、プルタブを丁寧にとって針金に通していくのが大好きな人もいます。
40人のだれもが、どこかの班に属して作業をしていますが、この4月から、この解体班の人たちが、「やまびこ製作所」の作業の一部を共に行うことになりました。それは、どうしてか。「けやきは一つ」だからです。汗水流し、道具を使って働くことが好きな人たちがいるからです。
「やまびこ製作所」と、「初雁の家」は、隣同士です。「初雁の家」からは、「やまびこ」の利用者が、バンバン音を立ててパレットを打ったり、材木を運ぶ「音」が聞こえます。「やまびこ」と「初雁」の間に垣根はありません。心の垣根もないよ・・・。
3月から吹き始めたwind(風)が、4月にはshowers(雨)を降らせ、そしてBud in May で、5月には、「芽」をふきます。「けやきは一つ」の芽を。そして、「けやき」の根っこがさらに張っていくのです。                    
(阿部叔子)
 
 
ビーズを使った作品作り
2016-03-09
男性棟Ⅰの制作活動、記念すべき初作品「けやき」が完成しました!!       
~初雁の家での余暇支援 (ビーズを使った作品作り)~
                         
平成28年度・初雁の家男性棟Ⅰ職員
                               
 初雁の家男性棟Ⅰでビーズ余暇支援を始めようとしたのは、昨年12月初旬のことでした。
 けやきの郷の理念の中に【豊に・幸せに・責任を持って生きる】というものがあります。豊で幸せな人生を利用者さんが過ごすためには何が必要なのか・・・、職員としてそのようなことを考えながら支援を行なっていました。
 人生は限られた時間の中、生きていかなければなりません。1日も1年もたった24時間・365日、そんな限られた時の中、初雁の家の中で楽しい時間・やりがいを感じる事の出来る時間を提供する事はとても大切で、職員としての大きな課題であることを常に実感していました。もちろん試行錯誤しながら棟の職員は色々な余暇を提供してきました。
 その中で施設職員として、より豊かに幸せに時間を過ごすことを頭に置きながら、達成感とやりがいのあることを探していこうと考え、行き着いた支援は「ビーズ」でした。初雁の家の利用者さんは、重度と判定されている方が多いですが【働くことを療育の中心に】と言う理念の基、何十年もの間職人のように仕事をしてきた器用な利用者さんばかりです。仕事が出来て、褒められれば誰だって嬉しいし頑張れる。そのように初雁の利用者さんは職員と共に成長してきたのだと感じます。ビーズの作品作りは少しずつ、地道に行なった事が形となり、みんなの一粒が繋がる素晴らしさは感動すら覚え、そして一緒に作品を作ってくれた利用者さんと職員で一体感が出ます。事実、今回作品として出来上がった物は少しずつ夕食後の余暇時間に小さなビーズをワイヤーに1粒ずつ通し、1日10粒、1日1本とそれぞれのペースに合わせて、少しずつ制作してきた物です。出来上がった作品を見ると、少しでも制作に関われた者として、ぐっと熱いものがこみ上げてきました。
 
 ある利用者さんは次から次へとビーズを通していきます。
 ある利用者さんは1つずつ丁寧にビーズを通していきます。
 ある利用者さんは職員から手渡しで受け取ることで、ビーズを通してくれます。
 ある利用者さんは声を出して笑いながら、楽しそうにビーズを通してくれます。
 ある利用者さんはビーズの色を見ながら配列を考え、一定の順番に通してくれます。 
 ある利用者さんは皆がビーズを通しているのを興味深く見ています。「興味あるならやってみますか?」と職員が聞くと「嫌!」と言います。
それでもずっと見ているので、机にワイヤーとビーズを用意すると、用意された全てのビーズをパッと通してくれました。この一人ひとりの行動に「こんなことも出来るんだ!こんな才能があったんだ!」と毎日のように新たな発見の連続で、職員もわくわくしながら、利用者さんと一緒に楽しく制作をすることができました。
毎日の積み重ねは力になります。私達は利用者さんの余暇を通して教えられた事が今回たくさんあったと思います。
 

この「けやき」の作品は初雁の家の正面玄関に飾ってあります。お立ち寄りの際は是非見ていってください!
今後も少しずつ制作を続け、いつか玄関を皆の作品でいっぱいに出来たらと思います。
そのために利用者さんと職員が、共に同じ目標に向かって毎日楽しく活動を行っていければと思います。
これから皆のどんな秘められた才能が開花していくか楽しみです。
制作活動開始から約2ヶ月間、毎日コツコツ皆で協力してやってきた作品です。
 
年の暮れー「第九」が教えてくれたことはー
2015-12-25
「組織はオーケストラだ!お互いの音を聴き合い、ハーモニーの世界を紡ごう」
 
 年の暮れとなりました。 恒例のベートーベンの「第九」が、きこえてくる季節です。
・・・ので、今回は、ちょっと、「第九」にからんで、「第九」が教えてくれたことを書きます。
私は、ときどき、職員と雑談します。読んでいる本のこととか、好きな音楽の話とか。
でも、正直いって、年の差もあってか、話が合わないこともあります。施設のこととか、自閉症のこととか、福祉のことなどなら、話は延々、何時間でもつづくのですが、「本」や「音楽」はなかなか合わないなかで、「おーっ!」と何人かが賛成、感嘆してくれたのが、「組織って、オーケストラだ」という私の持論に対してでした。
組織って、オーケストラなんだと、私は思っています。美しい音を紡ぐためには、人の心を揺り動かす音を紡ぐためには、奏者も指揮者も、お互いの音を聴き合い、一体となって調和して音を作っていかなければならない。施設だって同じです。利用者と職員の、職員同士の、親と職員との「聴きあい調和する心」がなければ、人間が人間を支え合っていく生きた施設にはならない!
 
 オーケストラを、生で聴いたことありますか。あの迫力を肌で感じたことがありますか。 私の、オーケストラ初体験は高校3年。何十年も前の高校3年ですが。
音楽の先生にN響のチケットをもらい、日比谷公会堂で(いま、日比谷公会堂でのクラシックの演奏会など、ほとんどありませんが、あのころは日比谷公会堂が定番のホールでした)。実は、開演に遅れてしまって、恐る恐る重い扉を開いたのですが、その途端、うわっ!と飛び込んできたのが、ベートーベンの「第九」でした。もう、第4楽章になるところ、合唱のはじまるところでした。「フロイデ!」とバリトン。「フロイデ!」と合唱。
その途端、涙がどっと溢れました。思ってもいなかったことでした。音が、迫ってきたのです。圧倒的な豊かさで、真剣さで。生きているってことって、こういうことなんだ・。生きていると、こういう喜びがあるんだ・・・いま、考えても言葉にはならないのですが、
喜びで感動で体が震えたのです。
ピアノは小学校のときから習っていて、それなりに、バイオリンだのチェロなどと合奏もしてもいたし、合唱の楽しさも経験していたのですが、東京まで、3時間に1本の汽車しかない、それも、何度か乗り換えて、という田舎者の悲しさ・・・。生のオーケストラは、はじめてでした。種類の違う、いろんな役目の楽器たちが、指揮者のもとに、一つになって、生きていることの喜びを楽しさを悩みをつたえようと、必死になっている・・・。指揮者に向かって、バイオリンも、チェロも、フルートもオーボエもホルンも、合唱の音大の学生さんたちも、全身を傾けて弾き、歌っている、聴衆を巻き込んでの一体感・・・あの感動は、一生忘れない!
東日本大震災のズービン・メータ指揮のチャリティイ・コンサートも、そうでした。
「G線上のアリア」からはじまって、渾身の「第九」。苦悩、望み、祈り・・・共感、共有・・・・テレビ画面の中の聴衆も泣いていました・・・。
 ズービン・メータの祈りが、奏者の祈りとなって、指揮者であるメータに向かって、一体となって、私たちに届いている。まさに、最高のコミュニケーションが、そこにはある。
 だからなんです。私が、組織はオーケストラなんだ、あるべきだ、というのは。利用者は1人ひとりちがう。フルートのように軽やかな人もいれば、チューバのように、頑張って頑張って音をださないと、お尻を押してあげないと音が出ない、という人もいる。
 楽譜は理念。その理念を、どう具現化するのかが指揮者であり、組織のトップであり、奏者である職員。
 一生に一度でいいから、オーケストラを振ってみたいのだけれど、出来そうにもないから、それは、さておき、けやきの郷が、利用者が、家族が、職員が輝くためには、みんな一体となって、オーケストラの一員となって、お互いの音を聴きあい、音を紡いでいかなければならない。何に向かって? そう、理念に向かって!設立時の想いに向かって。
大晦日は、「第九」を聴きましょう。音楽が大好きで「歓喜の歌」を時々口ずさんでいる最重度のわが子とともに。
 
 
炊き出し訓練、おにぎり、上手にできました!
2015-12-08
 災害対策委員会
  けやきの郷は、川越市のハザードマップに、「福祉避難所」として記載されています。
「福祉避難所」って、何でしょうか。災害時に、一般の避難所では生活することが困難と思われる、たとえば、障害をもった人、要介護高齢者などを中心に受け入れる避難所です。
 川越市の西北に位置する「けやきの郷」の「初雁の家」も、福祉避難所として指定されています。
とすると、災害時には、ここで炊き出しもすることになるーそのためには、災害時にも冷静に対処できるような「術」を身につけよう・・・そんな発想から、災害対策委員会の今年度の訓練として、炊き出し訓練を行う計画を立てました。
 実際に、被災した場合には、建物内で電気やガスは、まず使えないと思った方がよい。そのためには、外で調理できるくらいの技術を身につけたい。でも、最初から、そんな「高望み」は無理かも。としたら、今回は、内部の調理器も使うが、2年目、3年目は、すべて外でとステップアップしていこうーー、また、今年は、保護者にも協力してもらうが、地域や、外部の関係者にも関わっていただき、「繋がり」を深めたい・・・
200名が避難するとして、おにぎり400個、豚汁200杯。
そのためには、お米は20キロ、豚汁の材料はえーと・・・
お釜は?初雁の家にあるので、それを使用。豚汁用のガスは? これは、東上ガスさんから、ガスボンベもコンロも借りることができる・・・
当日は、8時半からお米炊き、豚汁用野菜・肉を切りはじめ、保護者にも参加してもらって、おにぎりを作っていく・・・
12時に、各事業所で避難訓練。無事、避難してところで、「被災した」との想定で、福祉避難所である「初雁の家」に集合し、園庭に敷かれたブルーシートの上で、炊き出しのおにぎりと、豚汁を食べる・・・。
というスケジュールで、当日、「被災した」利用者は、いささか冷たくなったおにぎりと、あたたかい豚汁を食べ、無事、炊き出し訓練は終了。災害対策委員は、ほんとにほっとしました!
といっても、反省点は、といえば、いくつかありましたね。
まず、「お釜でたく」といっても、お釜でたいたことのない職員ばかり。そこで、出番となったのは、ボランティアで参加していた保護者、それもお父さんでした。木っ端に火をつけることからはじまって、お焦げには、さっとお醤油をかけてむらすと、何と、香ばしい焼きおにぎりができて!「こんなこともしらねえのかい」と、お父さんは大の得意顔です。「木っ端に火をつけるのも、これからは、文明の利器も利用しようよ」「地域の自治会といっしょに合同訓練しようよ」等々。
 はじめての炊き出し訓練は、まずは、わくわく、どきどきの、レク気分で終わりましたが、また、随時、ステップアップと地域との連携をはかっていきたいと張り切っているところです。
最後に、ご指導をいただきました、NPO法人 東上まちづくりフォーラム(志木市)さま、ありがとうございました。
 
 
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